波打ち際ではしゃぐ女の子達を見ていると眩しくて気が遠くなる。せっかく作ってもらった水着を着ないなんて選択肢はなかったけど、あの中に入っていっても確実に棒立ち要員だ。
という訳で今の私は海水に浸かりながら、喉が渇いたなぁと考えている。波に揺られながらクラゲのように漂うのは案外楽しい。
賑わっている所を避けつつ砂浜と平行に泳いで、足をつく。砂の粒が足の指の間を通り抜けていく感触を存分に味わいながら、陸に上がった。
水中にいる時は気にならないが、濡れた足の裏に乾いた砂がくっつく違和感はなかなか拭えない。浜で作業をしていれば靴の中には常に砂が入ってくるけど、それとこれとは別だ。
「千空くんも羽京くんも折角だから泳いだら良いのに」
「あ?俺はともかくテメーの100億倍は泳いでんだろ、羽京様は」
「あはは、石化前にね」
「……なるほど」
静かな日陰で何やら打ち合わせをしていた二人もこの暑さには流石に参ってきたのか、キリ良く休憩を取ることにしたようだ。
「二人とも暑いし喉渇いたでしょ?何か冷たいもの持ってくるよ」
盗るような人なんて一人もいないけど、私の荷物の横に座り込んでいた二人に図らずも番をさせてしまったようでちょっと申し訳ない。
「それなら僕が行くよ。名前ちゃんは今戻ってきたばかりなんだし」
「いや私二人と違って遊んでただけで……って、千空くんは?」
いつの間にか姿を消してしまった千空くん。羽京くんと顔を見合わせるも、彼は苦笑するだけだった。
別にじゃんけん負けたら飲み物取ってこいなんて言うつもりもないけど、千空くんはいつも忙しいしたまには一人でゆっくりしたいのかもしれない。
「じゃあ羽京くん一緒に行こっか」
「え、そのまま?」
確かに羽京くんと違って私はびしょ濡れだけど、歩いていれば多少は乾くだろう。
海水浴客いっぱいの夏のビーチならよくある光景。でも、羽京くんは目を泳がせたままだ。
「も、もしかして私、変?」
サッと血の気が引いて、首から下を確認する。
これに気付かないのは一番まずいが、出てはいけない所はちゃんと隠れてる。海草が巻き付いてるわけでもない。というか、それならお喋りより先に彼らが言ってくれるはずだ。
「変じゃないけど……」
言葉尻を濁したまま、羽京くんは私の荷物の中から大きめのタオル……として使う布を差し出してくれた。
いくら日差しがあっても気温が高くても、濡れていれば体温は容赦なく奪われていくのだという。羽京くんは私の身を案じてくれているようだった。
「ありがとう。うう、確かにちょっとだけ冷えてきた」
「はい、これ替えのタオル」
そういえば学校のプールでだって、上がったあとは寒い寒いとみんなでタオルにくるまった思い出がある。さっきまで楽しくて、そんなこともすっかり忘れてしまっていた。
「私一人だったらそのまま冷たいもの飲んで完全にお腹壊してたかも」
「それはほんとに困るなぁ。でも良かった、名前ちゃんがこっちに戻ってきてくれて」
「だって、荷物あるし」
羽京くんにとってはただ何気なく発した一言に違いないのに、何故だか妙にこそばゆい。
飲み物を求めて二人で浜を歩いていると、日差しのおかげで早速暑くなってきた。タオルの下で、濡れた水着が少し気持ち悪い。
「これ羽京くんが持ってきたやつだよね。なんかごめん」
さっき羽京くんに拭くよう言われた時の通り、水を含んだ布をそのまま被っていてもあまり意味がない。でも私が用意してたのは一枚だけだったのだ。彼があまりに自然に渡してくれるものだから、普通に受け取っていた。
今度水の中に入る時は、タオルをもっと持ってこよう。海を良く知る羽京くんに助けられて、自分の見通しの甘さが際立ってしまった。
「ううん、そのまま羽織ってて。僕は使わないから」
「ありがとう、洗って返すね。あっ、ちゃんと別々に洗って乾かすから安心してね」
ここでのタオルの区別なんて正直あってないようなものだ。色もほとんど同じだし、うっかり私のと混ざったらもう分からないかもしれない。
「それにしてもやっぱ暑いね!後でもっかい泳ごうかな〜〜……はは……」
勝手に一人で慌てて隙があれば無駄なお喋りで場を繋ごうとしてしまう口を忌々しく感じ始めていた。
「……書いておけば良かったかな」
「ん?」
「名前をね。この、背中の辺りに大きく」
「それは大きすぎでは」
羽京くんの名前が大きく書かれたタオルを羽織る私。それってなんだか、なんというか、アレだ。
「良いんだ。大きい方が目立つし」
羽京くんの目がゆるりと弧を描いている。悪戯っ子みたいな顔だった。表面を照りつける太陽とは別に、体の内側から熱くなっていく。
「そ、それってもしかして……」
さっきから意識してるの、私だけじゃないってこと?
2021.8.28
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